2023年の3月に、バングラデシュに行ってきました。 2018年のゴールデンウイーク以来、2回目の渡航です。 2020年に行く予定でしたが、コロナの為に延期になっていました。 大した情報はないですが、時間のある時に、少しづつ書いていきたいと思います。 相変わらず楽しいバングラ人たちでした。
ブラフモンバリアからクミッラへ。 バドガラバススタンドからバスが出ています。 朝9時発で、料金は200TK。 相変わらずの渋滞と客の多さ! 出発時はガラガラでしたが、途中からギュウギュウになりました。 13時52分、バスを降ろされました。 「ここは・・・?」 何と、降ろされた所はモエナモティ地区でした。 ここは遺跡のある所です。 翌日に訪れる予定でした。 クミッラ市街に行きたかったのですが、車内で他の乗客たちとモエナモティの話をしていたので、バスのスタッフがモエナモティで降りると思ったのでしょう。 「やれやれ、どうしよう?」 すぐそばに大きな道路があり、そこにバンが数台停まっていました。 「乗り合いか?」 ドライバーに「クミッラ?」と聞くと、 「クミッラ、バスステーション。」との返事。 「ラッキー!」 料金は40TKで、ザックと共に助手席に乗り込みました。 所要15分で、クミッラのバスステーションに到着。 他の乗客たちは、20TKを払っていました。 「ザックの分も料金を取られていたのか・・・」 やっぱり・・・ 何はともあれ、クミッラのバスステーションに到着したので、よしとしましょう。
「ヨンダ!ヨンダ!」と叫ぶ男。 「ヨンダ」とは、私がそう聞こえただけのことで、本当は何と言ってるのかは分かりません。 宿の近くで、物乞いをしている男が連呼していました。 「ヨンダ!ヨンダ!」 男の両足は、膝から下がありませんでした。 パンツは履いていましたが、上半身は裸です。 頭には、タオルが巻かれていました。 そして、横たわっていました。 ブラフモンバリアには、2泊3日滞在しましたが、 この男は、ずっと物乞いをしていました。 30℃を超える気温の中です。 何とも言えない気持ちになりました。
ブラフモンバリアの寺院。 カーリーバリ寺院・・・朝7時からオープン。 マハデブ寺院・・・カーラボイロブと言った方が、通じる。 両寺院とも、中にある像が見物。 メルラショシャン寺院・・・私が行った時は、火葬が始まる前だった。 ずっといる訳にはいかなかったので、撤退。
ブラフモンバリアの宿は、アル・アラファト。 そばにいたCNGのドライバーに聞くと、ここはブラフモンバリアとの事。 「アル・アラファトまでいくら?」と聞くと、「200TK。」 「意外に安いなぁ。」と思いつつ、乗ることにしました。 しばらく走ると、このドライバーはとある商店で、宿の場所を聞いていました。 「知らずに走り出すなよなぁ。こりゃ、追加料金のパターンや。」 道を聞くこと5回、ようやく宿に辿り着きました。 200TKを渡すと、ドライバーは何か言ってきます。 仕方がないので100TKをプラスすると、納得した様です。 実際、けっこうな距離を走りました。 宿の部屋は、エアコン付きツインルーム、トイレはバングラスタイルで1600TKでした。 しかし、掛け布団が汚い!(虫がいそう。) とても使う気にはなれず、布団なしで寝ていました。 宿ですが、英語表記はありません。
ダッカからブラフモンバリアへ。 朝8時半にホテルをチェックアウト。 CNGで、サエダバッドバススタンドへ向かいました。 料金は、200TK。 バススタンドに到着すると、男たちが群がってきます。 「どこへ行く?」 「ブラフモンバリア。」 「こっちだ。」 連れていかれたのは、とある事務所(?) バスの運行会社なのかどうかは、分かりません。 料金は400TK、9時発。 25分遅れで、バスが来ました。 客や荷物を拾ってゆっくり走ります。 そして、お決まりの渋滞。全然進みません。 13時55分、バスを下ろされました。 バスは、走り去りました。 「ここは、どこ?」 街中ではなかったですが、CNGがいっぱい停まっていました。
腕を掴むな、ボケ! 女性3人の襲撃(?)を受けた後、 スタジアムで寝てる人たちを撮っていました。 5年前と比べて、寝ている人の数は増えたと思います。 撮ってると、高校生くらいの少年4人が、近づいて来ました。 「またか・・・」 嫌な予感は、的中しました。 ニヤニヤしながらベンガル語で話しかけてくるんですが、 目がいってるんですよね。 「厄介やな。」 その場を離れようとした時、右腕を掴まれました。 「痛いな、コノヤロー」 ムカついて、振り払いました。 このくそガキは、まだニヤニヤしてます。 その場を離れましたが、追いかけては来なかったですね。 朝から疲れる出来事が続きました。
「金だよ!金くれよ!」 1時半に就寝しましたが、 5時に起床、6時に部屋を出ました。 1階の入り口で、部屋のキーカードを見せて、シャッターを開けてもらいました。 外は、明るくなっていました。 相変わらず、汚い街ですね。 そのまま、ボンゴ・ボンドゥスタジアムへ向かいました。 中へ入ると、前から女性が3人こちらに近づいてきました。 そして、私の目の前に来ました。 すると、その内の2人の女性が、 「マニー!マニー!マニー!マニー!」 マシンガンの様に、浴びせてきます。 「何やねん!」 思わず後ずさりしてしまいました。 もうひとりの女性が、何やら話し掛けてきました。 ベンガル語なので分かりませんが、 目が、とろーんとしています。 そして、異様な甘ったるい香り。 「薬やな。」 退却! 女性たちは、「マニー!マニー」と言いながら、どこかへ行ってしまいました。
初日の宿は、ホテル71。 5年前と同様に、空港で夜を明かそうと思っていましたが、 残業続きで疲労困憊、 自宅から関西空港までの約430㎞の夜間の運転を考えると、 「どこかに泊まった方がいいな。」との結論に達し、 アゴダでホテルを予約しました。 予約したのは、ホテル71。 1泊約5000円でした。(2泊しました。) 「高いなぁ。」と思いましたが、 確かバングラの安宿は、夜12時以降はチェックインできないとの情報を得ていましたので、 このホテルにしました。 23時37分、空港前でCNGを拾いました。 ドライバーは、ホテル71を知ってるようで、 料金は1000TK→600TKで交渉成立。 約40分で、ホテルに到着。 ホテルの入り口には、警備員がいました。 ホテルの予約確認書を見せると、入り口のシャッターが開き、 中には、銃を持った警備員が3人いました。 レセプションは11階で、スタッフは笑顔で対応してくれました。 部屋は6階のシングルで、狭いながらもきれいでした。 日記を書き、1時30分就寝。 島根の自宅を出発して34時間が経っていました。
両替について。 23時15分にザックをピックアップした後、両替しました。 営業していたのは、Sonali Bankのみ。 現金一万円を両替して、7000TK。レシートはなし。 ちなみに、米ドル1ドルは、107TKでした。 翌日、ATMでキャッシングをしましたが、 楽天VISAカードは弾かれました。5年前と同じですね。 キャッシングできたのが、city bankのATMだけでした。
シャージャラル空港に到着。 今回は、ANAのマイルを使い、シンガポール航空を利用しました。 SQ446便は、22時20分にシャージャラル空港に到着しました。 飛行機を出ると、強烈な臭いがします。 南アジア独特の香りですね。 アライバルビザのカウンターは、人がいっぱいでした。 恐らく、1時間から2時間待ちでしょう。 結果、VISAを日本で取得しておいて正解でした。 イミグレは、問題なく通過しました。
VISAについて。 2018年は、ダッカの空港で無料のアライバルビザを取りましたが、 今回は、日本で取得しました。 東京のどんぐりツアーに代行取得を依頼して、総費用は7200円でした。 この費用が高いかどうかは、個人の判断によると思います。 結果的には、日本で取得して良かったと、私は思っています。