ハ ハ ハ そうでしたか! わたしらは オーアストリアというのは限りなくドイツの南バイエルン(ミュウヘン)に似ていると思いましたが、 ハンガリーの マジャールはやっぱりアジア系と思って親近感があった(あのハンガリー語の字ずらがすごい)、 チェコはフスのせいか、やっぱりほかのようにカトリックでない(まあオーストリアと比べて、スロべキアもハンガリーもキの字の十字架で、ちょっと異端っぽいけど、それでもローマ法王をあがめてます)感じだったし、北向き斜面で、ドイツのほうをむいているちょっと暗い感じ、ほかはドナウ沿岸南向きで、ローマ帝国の恩恵をうけて育っているという感じがすごくしました。 まあわたしらが勝手にそうおもっているだけかもしれないですが。 あの漢字の読めないセメント屋の総理大臣が、スロバキアに来てチェコってまちがったけど、あれが反対だったら大問題になっていたと思います。
漢字の読めないセメント屋の総理大臣 間違いですよ「空気も読めない」。 成功を祈る!
ハプスブルクが ハンガリーと組んで 帝国を支配していてチェコを冷遇したのなんとなくわかったように思います。 またヒトラーがズデテンラントをドイツだって、言い張ったのもわかるような気がする。 まあそこらの人たちは東にロシア西にドイツ南にトルコと大変だったのだろうと思います。