ベルトラン・デュ・ゲクラン将軍♪

これはこれは、イタリアのSabina女王♪
イタリアには、女王女帝いらっしゃいまして、女性が強いですね!

ドゥ・ゲクラン将軍は、佐藤賢一氏の小説で、「本人は多分、”おらは、ブルトン人だ!フランス人ぢゃねぇ!”と、主張されるだろうが、フランク族らしからぬ、中世の戦い方」で、すっかり惚れこみました!確か、遺体を古代エジプト人のごとく、分解して、複数の場所に埋葬する癖があるらしい、フランス人のやり方だと、一部は故郷に葬られている、と読んでおりますが、将軍のお墓はサン・ドニ寺院ということで、脳味噌に刻みつけておきました。今回、10時間も待たなくてはならないので、墓参りに、お守りを5,6つ持って、出かける所存です。女王におかれましても、是非故郷から日本へお戻りの際に、墓参をお勧めする次第です。

しかし、かのスペイン@トラブル王国の隣国とはいえ、勝手が違い、スペイン程、適当でもないお国柄なので、かねてから、mamoru王子さまに、「いざというときには、叫ぶからお願い!」しておいたんですが、その羽目になりました。昨日は目がグルグルする、4回乗換えの術で、(¬_¬;)こ・・・これは・・・、と思ったんですが、何とかなりそうです。ただ、ガタイのよすぎる、北アフリカ系フランス人の兄ちゃん軍団の目にはつかぬよう、さかさか行かねばなりませんね。

ところで、「怖い」というのは、1)寺院周辺の雰囲気が、明るい日中でも怖かったのか、2)寺院内部のそこかしこに、人間ならぬものの気配が、複数あり、㊞隠滅滅とした冷気が流れてきて怖かった、のどちらなんでしょうか? 念のため、身代わりのお守りも持っていきますが、ガタイのいい生きた兄ちゃん相手には、お守りは通じないので、そこは目立たぬ術で、明るいうちに、市内へ引き返して、旅最後のまともなご飯をします。

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1件のコメント

  • 退会ユーザ @*******
    17/02/01 22:22

    ペドロ王側からすると敵なんですが

    旅クマ元帥殿、こんばんは。
    再び出て参りました。
    おフランスは苦手なのですが、決心がつきましたら私もサン・ドニに詣でるつもりです。

    さてさて、私の知人が申すには、地下鉄サン・ドニ駅を出てすぐ北アフリカ系不良兄ちゃん達に目を付けられて跡をつけられたそうです。カフェに入りたくても入ったら絶対出られなくなるし出たらすぐ襲われそうなので我慢せざるを得なかったとのこと。その人身長180以上あるんですが・・。他にもカメラをとられた知人もおります。
    こやつら相手にはお守りは通用しませんので、くれぐれもご注意を。中国人のふりしてもだめでしょうね。

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    まだ、El Rey de Pedroの幽霊の方が、まし「かと」・・・

    Sabina女王も、おフランスは苦手なんですか~。
    時折、チョロチョロっと、スペイン側から出入りするのですが、あまり長居はしていない上、地方すぎて、メトロだの、なんだのがなくて、タクシー移動になってしまうので、今回のパリ立ち寄りは、青天の霹靂「かと!」なんですね。でも、せっかくなので、将軍にあって?こようと思います。

    >身長180cm以上
    このあたりの身長になると、目線が上(兄ちゃん)下(こっち)ですれ違うので、多分このお方のように、いきなり目を付けられ、後も付けられるないと思ってますが、一番いいのは、雨が適度に降っていたら、傘で誤魔化せますね。まぁ、お守りが利かない相手なので、貴重品はきっちり身につけ、手荷物はしっかりショルダーして、さっさと道を間違えぬよう、97m歩きたいと思います。

    13世紀の中世の昔は、所謂現代フランスと呼ばれる国と、スペインと呼ばれる国の、国境線は画定していない時期な上、色々な王国がやりあっている時期なので、わかりにくいんですね。佐藤賢一氏の小説によると、ゲクラン将軍は、城壁を崩していく作戦に強かったとあるので、感心しつつ読んだのですが、肝心の現在Castilla La Mancha y Leonと区分される王国一帯のお話は、書かれてなかったのですよ~!将軍は、ブルトン語には堪能、現在のフランス語と呼ばれるイル・ド・フランスの当時は方言は、苦手だったらしいです。

    Sabina女王も、詣でられる時は、mamoruさんで検索かけられれば、情報がバッチリ出てくると思います!
    (つまり、二度と行きたいとは思わない地区なんだ、と理解したのであります)

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