それは異議あり 米側の軍人や政治家はさすけねえさんと同じようなことを言っている。 1945年8月の段階では日本は南方との補給路を断たれ、太平洋岸の主要都市を丸焼けにされ、日本政府というか大本営はなすすべももない状態でポツダム宣言の受諾を検討していた。 連合国側もそれを裏で知っていたという話がある。 3月10日の東京大空襲の段階で、大型爆撃機で密集した下町の木造家屋に火をつけて市民を無差別に殺害したことに抗議して日本側で戦争を一方的に停止して国際的な調査を受け入れていれば、と思う。あれはジェノサイトだった。 そうすれば広島や長崎の悲劇は防げたかもしれない。わたしの生まれた町でも市街は焼け野原で数千人の市民が死んでいる。実家は落ちたのが不発弾で焼け残ったんだけどね。 戦略爆撃は日本が中国で先に始めたと連合国側は主張するが、全く殺戮の規模や目的が違い過ぎる。 日本は宣伝戦が下手だったのだろう。今でもそれを引きずっている。 第二次大戦の話は議論になると旅行掲示板にふさわしくない。管理者に削除をお願いしたい。
わたしは管理者に削除をお願いしたくないです (残してください!!) わたしは戦争に勝ったらなんでもいえると思ってます。 しんだインデアンとか日本人はなにも言えないのです。 あのころのアメリカ人は日本人何百万人殺しても罪の意識はなかったと思いますよ。 私のよく行く高知の歴史民族博物館は、高知の歴史の展示がありますが、そこで、第2次大戦のとき高知に空襲されたのが終戦直前の昭和20年の7月4日だという展示があります。 たぶんそれを見る100%の高知人はその日がアメリカでは独立記念日で、花火を打ち上げて祝うという風習があることを知らないと思います。 たぶんB29の上から見ていたアメリカ人らも花火でもみているつもりで爆撃をしていたのだろうと思ってます。 今でもアメリカ人は中東の人ら1000人殺してアメリカ兵1人救うのは正しいという人が多いと思います。 日本のパスポートを持っている人らはアメリカ兵がアメリカのパスポートを持っている人と同等に扱うという考えは捨てるべきだと思います(日米安保があるかもしれないだろうけど)。
ポチとミケさんへ 戦争に勝ったらなんでも言えて負けたらなんにも言えないのですか。 何十年何百年たっても征服されたものはなんにも言えないのでしょうか。そんな馬鹿なことはない。 人間にはしてはならないことがある。 特に戦闘に直接関係のない市民を軍が無差別に殺戮するようなことはそれは人間以下の存在です。 戦争犯罪への認識は時代とともに深まってきました。悲しい戦争を教訓として。 文明の発達した国が世界中に戦争をまき散らすようなそんな時代は終わりにしたいものです。 言論は自由ですが、こういう話題は海外旅行の掲示板にはふさわしくないのです。 ご理解いただけるかは知りません。
陸軍と海軍の考え方が違ったことが問題 今のような統合幕僚会議の物が大本営だったが、そもそもが大本営が機能していなく「戦争をやめる」という意思決定が誰がするのかそのものがあやふやだった。 成功を祈る!
戦争の変容 身分制社会の中世までの戦争は領主同士の争い。戦争に参加するのはどこの国でも士族だった。 大航海時代のような異文化間の戦争ではやはり大きな被害が出ています。疫病による死者が多かったともいうが。 フランス革命以後のナポレオン戦争の頃から階級を越えた平民の戦争参加協力がみられるようになった。 地域の人たちをまきこんで戦えば武士階級よりも強い。 たとえば長州の奇兵隊ですな。戊辰戦争などは実際は強い武器と新しい戦術戦略を導入した効果が大きい。 商家の息子を戦争に取られて嘆く、与謝野晶子の歌をごぞんじか。 身分制度の解消によって国民皆兵の近代国家が現われる。 人間よりも国を第一に考えるようになるのは公教育の効果も大きい。そうでなければ戦争にならないからね。 それでも戦争の流儀は互いの軍隊と軍隊との戦いで、軍が住民を殺しまわるのは単なる殺戮行為になってしまう。 旧日本海軍が軍艦しか撃とうとしなかった、輸送船を狙わなかったのは戦争の流儀が古かった。 第二次大戦では戦争に住民が巻き込まれた。 火つけ強盗は大江戸の時代からご法度だったのは、大火が出れば紙と木の家。犠牲者と損害が途方もなかったからだ。 空襲で多くの市民を殺戮するのが連合国の勝利への道となってしまった。 行きついたのがヒロシマ・ナガサキ。 日本人は自業自得だったのだろうか。 異人種異民族だから平然と殺しまわれたのではないか。空の上からは地上の地獄で苦しむ姿は見えない。 オバマさんが原爆資料館を訪問するのは意義のあることだと思う。