脱線しますが・・・風情が薄くなりました cat-policeさん おはようございます メリダもその昔、石畳に馬車が交通手段のメインの時がありました。 今では新市街もでき、それよりもガイドブックにも載ってない 寒村だったカンクンが国家事業で一大リゾート地に変貌、 メリダの風情も薄くなりました。 メキシコシティまで鉄道が走っていたことも昔の話になりました。 チェチェニツアもまだバスなどなく行くだけでも大変でした。 その昔、食事をしたレストランをウン十年ぶりに訪ねて食事をする 旅の一こまにこんなゆとりがあってもいいものですよ。 でも観光客が素通りする近隣の村々にはまだまだメキシコの泥臭い よさが残っています。 機会がありましたら是非再訪されてみてください。
メリダは昔、「ユカタンの白い都市」と言われていました。 >>メリダの風情も薄くなりました。 >>メキシコシティまで鉄道が走っていたことも昔の話になりました。 >>チェチェニツアもまだバスなどなく行くだけでも大変でした。 昔は凄かった、いちいち書いてはきりがないくらい、あると思います。 メリダは昔、「ユカタンの白い都市」と言われていました。 マヤ文明の聖地に由来しているそうですが、 昔、ここの住民はメキシコ人と言われるのを嫌っていたそうです。 つまりマヤ文明の血と自負心が根付いていたのですが、 現代のメリダがそういったものが失われているのだとしたら、 メリダの風情も薄くなったと言われてもしょうがないですね。 昔は、パレンケ遺跡までセスナ機で飛べば、ひとっ子ひとりいない 古代の静けさを堪能出来たという話です。 9月の連休をからめてメキシコにも寄る予定でしたが、 母が大きな病気になり、今年は遠出の旅行はあきらめました。 彝驫靉さんも大きな病気にならぬよう。
grayhoundのパス 今はどうなのでしょうか、その昔grayhoundのパスで アメリカはもちろんカナダ全土、メキシコ全土で提携している バスに乗れました。 その恩恵を受けてラレードからバスを乗り継いでメリダに来たものです。 まだ日本人の姿もなく街中を歩くとみんな振り返って ジロジロ見られたものです。 旅は行きたいとき、行けるときに行くのが一番ですが 事情が重なるとそれもなかなか思うようにいかなくなるものです。 お母さんが病に伏されたとのことcat-policeさんも 看病疲れをなさらぬようくれぐれもご注意なさってください。