タンザン鉄道を知らない若者のために書くと、タンザン鉄道とは1976年に中国の援助の元、ザンビアの銅をタンザニア経由で輸出するために作られたタンザニアのダル・エス・サラームとザンビアのカピリ・ムボシを結ぶ1859キロメートルの鉄道で、中国が作ったにもかかわらず(?)、1067mmのJRと同じ狭軌で作られている。我々の世代では世界史の教科書にも中国の国際協力の象徴として載っていたのだけど、最近はどんなものか・・・。(タザラのウエブサイトによると、1067ミリはCapeGaugeと呼ばれ、南部アフリカ全域、また、ケープタウンからカイロまで結ぶ予定の鉄道にも採用されていたため、ザンビア鉄道も1067ミリである。 )
この鉄道はTanzania Zanbia Railwayのそれぞれの頭文字を取ってTAZARAと呼ばれているので、以下はタザラと書くが、タンザニア鉄道ともザンビア鉄道とも別の会社で、ダル側もタザラ駅と呼ばれるタンザニア鉄道のダル駅とは全く別の場所にあり、ザンビア側も「ニュー・カピリ・ムボシ」というザンビア鉄道の「カピリ・ムボシ駅」から2キロほど離れた別の駅までとなっており、両国鉄道とも接続していない。(そもそもタンザニア鉄道は1000ミリなので、線路の幅が違うが。)
ザンビア鉄道のカピリ駅(現地の言い方に習う。ちなみに入国審査官についつい「カプリ・・・」と言ったら、「カ・ピ・リ!」と厳しく訂正された。・・・)は、ルサカからコッパーベルトのンドラに向かう幹線鉄道の途中駅、もっと言うと、その昔、イギリスの3C政策に基づいてカイロ-ケープタウン間を鉄道で結ぶというセシル・ローズの壮大な夢の名残り、とのことだけど、昔は少なくともケープタウンからコンゴ(ザイール)のルブンバシまでここを通って鉄道旅行したイギリス人の旅行記がたくさんあるそうで(少しはアフリカ「探検」みたいな雰囲気なるでしょ?今はコンゴ内の鉄道は内戦のため動いていない。)、また、私より少し上の世代だと知っていると思うが、コンゴ内戦の調停に向かったハマーショルド国連事務総長が墜落死した現場の近くである。(この話を聞いた時は、アフリカの「奥地」までいくんだなあ、と改めて思った。)
ちなみに中国は「One Belt and One Road」構想のもと(いわゆる一帯一路)ジブチからアンゴラのルアンダまで鉄道引っ張るらしく、セシル・ローズと大して変わらない(と言ったら怒られるか)ような気もするが、お手並み拝見というところか。コンゴさえ落ち着けば、ダルからルアンダまでアフリカ横断鉄道が実現するのだけど、果たして私が生きてるうちに解決できるか・・・夢であるダカール-バマコの鉄道、キサンガニ-キンシャサのザイール川下りも、今は不可能になってしまったし・・・。
という薀蓄はここまで。旅客列車は火曜と金曜にそれぞれ普通(Ordinary)と特急(Express)が一本ずつというダイヤは変わらない(3年くらい前に一時国際運送を止めていたそうだが、今は復活している。)が、火曜と金曜のどっちが普通でどっちが特急かと言う点はネットで見ていてもよく分からないが、正解は「時々変わる。」で私が乗った2月は昨年12月から始まった「火曜は普通、木曜は特急」ダイヤである。ダル発で言うと、普通は火曜の13:50発、木曜の13:37カピリ着、特急は金曜の15:50発、日曜の9:26カピリ着である。なお、カピリからルサカまでは約200キロ、バスで3~4時間程度である。