青島に零時過ぎに着く。 青島は昨年夏1日だけ滞在した。 観光地は回っていないが、街中を市内バスでうろついたので、土地勘あり。 あとは、泊まる場所だが・・・・・。 まあ何とかなうだろう。 ところで、済南から青島だが、鉄路より高速バスの方が確実に早い。 それは、山東省が高速公路が早く開通し、長途汽車もサービス競争がいち早く導入されたと言うことを知っているからだ。 タダ、発車時間が8時40分とある。 1時間は有にある。 しかし、それよりも早い時間にバスは発車するという予感はあった。 みなみやまの知りうる長途汽車の状況について。 これまでの中国の有名なバスシステムは、乗客を確保してから、バスは出発をするようだった。 最近のシステムは、昨年における経験は、逆に、コンピューター発行のバス券は定員を過ぎると切符を売ってくれないと言う官僚的システム。 昨年は青島から緊急に威海に戻るのに、「没有!」に対して事務所に泣きついたら、払い戻しされたバスチケットを回してくれた経験を持つ。 つまり、時間も遅いので、満員になったら発車時刻前でも発車するはずという予感がしていた。 その予感が的中した。 タダ、さすがに、青島まで高速バスが何時間かかるのかは知らなかった。 バスは、予想通り、8時過ぎには発車した。 すぐに高速道路に入り、そのまま暗い高速道路を快調に走り出した。 節電のためか、高架道路の高速公路のナトリウム燈は消灯している。 少々危険だが。 途中トイレ休憩はあったようだが、高速バスはひたすら走り続けた。 みなみやま的には、相変わらず長時間列車の後遺症で、「おしりが痛い」。 とにかく早く、バスの座席から解放されたい一心だった。 しかし、高速バスの旅は長く感じられた。 青島に近づいて、経験したのは、途中下車の方法だ。 高速公路が高架部分が多いのだが、高速の出口まで行かず、分岐でバスは停車。 降車の乗客は、そこから平地まで自力で徒歩で降りるのだ。 危険といえば危険だが、便利といえば便利。 深夜なので、バスは青島長途汽車站より手前で高速公路を降り、バス道路沿いに何カ所かで乗客を降ろし、5時間あまりで青島長途汽車站へ到着した。 時間は1時前だったと思う。 青島長途汽車站と青島火車站 はかなり距離が離れている。 まず宿泊場所を探す必要が。 しかしこの時間、タクシーの客引きはあっても、宿泊所の客引きはさすがにもういなかった。 これは誤算だ。 思い切って、道路を挟んである四方大酒店のフロントに行くことに決めた。 道路を仕切る中央線の金網をよじ登り、道路を渡る。 ここまでくると何でもありだ。 とりあえず、ホテル内にはいる。 フロントは開いている。 しかし表示の値段が高い。 「貴!」(高い) しかし、フロントの若い女性は、リャンバイクアイ(200元=3000円)!と。 少々高いが良しとしよう。 即決。 100元の押金を払い、2階の部屋へ。 服務員が待っている。 部屋へはいる。 とてもきれいだ。 今までで一番にいい部屋。 まるでホテルだ。(笑)
青島の朝を歩く。その日の韓国行きのフェリーの切符を手に入れる。 甘粛省蘭州から青島まで鉄道距離で1699㎞。これを一日半で走破した。 正確には足かけ3日。 しかし、朝の食事含めまともに食べていない。 とりあえず、食事に出たがさすがに深夜。 とりあえず、食堂はあきらめ、四方大飯店の向かいの超市へ。 ここで、カップ麺と「青島ビール」とつまみを買う。 超市だが、レジの子1元以下のお釣りは渡さなかった。 まあ良しとしよう。 帰って、風呂に入り、夜中の食事を取った。 翌朝は、さすがに遅めに起きた。 それでも時間は7時前。 散歩に出ることにした。 目的は、前回行けなかった中山路へ行くことと、青島国際フェリー乗り場の確認。 そしてチケットの購入。 この時点では、最悪の場合は、直接オリエントフェリーで下関に帰る案。 その場合は木曜日20時出航土曜日10時到着となる。 料金は片道1200元。 これは、関釜フェリーに乗る時にオリエントフェリーのパンフを手に入れていたからだ。 とりあえず、市内バスで中山路バス停で降りる。 しかし、中山路がなくて少々迷った。 早朝の中山路は、そんな通り。 海岸まで出て、何とマクドナルドに入った。 セットメニューがあるのかよくわからなかったが注文、15元ほど。 そのあと、記憶のある26路に乗る。 終点が青島輪渡。 ここでバスを降りて、輪渡へ。 しかし、ここは対岸への国内小型フェリーの乗り場だった。 大変な勘違い。 表に出てタクシーを拾い、国際客運站といったつもりが、どうも方向が違う。 運転手も違いに気が付いたようだ。 Uターンして青島国際客運站へ。 運賃はメーターで10元ほど。 さて、大きな暗い客運站に入る。 確かに售票処と仁川の漢語がある。 しっかりここで切符が買えると思ったのだが。 ちがう。 窓口の女性も、外の服務員もここではないという。 しきりに外を指さしている。 外に出て、もう一度威海フェリー(ウェハイと発音)と聞いて、たどり着いた道路沿いの平屋の暗い建物。 ここが威海航運有限公司(韓国の船会社)だった。 青島港は小港、中港、大港と名前が付いている。 青島輪渡が小港、 そして大港が青島国際客運站となる。 「歩き方」の地図では、まずわからないだろう。 それから、威海航運は韓国籍。 旅客のほとんどが中国人より裕福な韓国人か、中国籍だが韓国との往復で利益をあげる朝鮮族の運び屋さんだ。 つまり、この船に関しては、コリアン一色。 従って、中国側は、扱いは冷たい。 それが、現場にも定着している。 みなみやまの扱いは後で考えると、まだ丁寧だった方だ。 威海航運の售票処はおもしろいところだった。 とりあえず、空席はあるとのこと。 集票は午前10時からだという。 出国手続きは14時。出航は16時。 時計を見るとあと1時間ある。 とりあえず四方大酒店にもどり、荷物を取ってこよう。 となった。しかしこの判断は大きな間違いだった。
青島のタクシー事情。青島の路地裏を歩く。 四方大酒店にタクシーで戻る。 途中道が混んでいたが、運転手が回り道をしてもいいかと聞く。 中国語である。 「漢語不明白」なのに、わかるみなみやまである。 確かに、納得した裏道ルート。 さすがだと感心した。 中国で珍しくタクシーを利用したみなみやまだった。 ホテルに着くとさすがにドアボーイが迎えてくれる。 部屋に戻り、シャワーを浴び、さっぱりとしてチェックアウト。 ここまでは順調だった。 歩道橋(珍しくホテルと向かいの長途汽車站を結ぶ)を渡り、 タクシーを拾うい客運站を告げる。 しかし運転手は、メーターを倒さない。 高い値段をふっかけてきた。(ようだ。) 「え!え!え!」。 そこで、このタクシーを降り、平行駐車しているタクシーに乗る。 女性の運転手だ。 同じく客運站を告げる。 発車。 しかし、これも同じくメーターを倒さない。 「ブ!ブ!ブ!」(みなみやま本人は「不要・ブーヤオ」を縮めたつもり) するとなぜか通じてタクシーは止まる。 料金を払わずタダで降りる。 「たいした度胸。」だ。(笑) 道路でタクシーをしばらく待ったが、空車は来ない。 少し歩いて、やっとタクシーが捕まった。 客運站を告げる。 発車! しかしこの運転手も、メーターを倒さない。 で、どうしたか? みなみやま「そのまま乗りました。」 運転中に適当に運転手としゃべりました。 さっき乗ったータクシーは10元もしなかったと。言ったつもり。 運転手のおじさんははにやにや。 じゃ料金は? みなみやま「10元=150円払いました。」 運転手はそれで何も言わなかったか? みなみやま「OKでした。」 損はしていませんね。 おかげで、10時に售票処=威東海運に付くはずが、ずいぶん遅れてしまった。 案の定、着いてみると窓口に列が出来ている。 それで、なかなか順番が来ない。 若い兄ちゃんが、窓口とやりやっている。 それがすごい。 数人分のチケットを購入しているのだ。 身分証明書だとか、すごく時間がかかる。 おもしろいのは彼は、ハングルと中国語と少しの英語が出来るのだ。 若いお姉ちゃんとも仲良くなった。 みなみやまイライラ。 適当に窓口に向かって「シンヨンカー!」OK? みなみやま外国人でああることをアピールする。 例の元気なブローカー風の兄ちゃん「NO!」 みなみやま窓口に向かって「USドル?」OK? 兄ちゃん「NO!キャッシュオンリー!」 こんなやりとり。 窓口の女性も、隙間にみなみやまのチケット発行をしてくれる。 このやりとり、説明が難しいのでわからない部分はご勘弁。 とにかく仁川行きのチケットをゲット。 「エコノミー」片道750元。 出国手続きは2時。 時間がある。外に出た。 タクシーはさすがに乗る気がしない。 バス停に行った。(バス停は「大港」) すると、繁華街の中山路に直接行くバスがあるのだ。 帰りも間違いなく戻れる。 本数も多い。 即、来たバスに乗った。 これで、中国最後の昼ご飯を食べよう!! さっきの青島タクシー事情を経験しながら、懲りないみなみやまだった。 これまで、中国の交渉制のタクシーの話は聞いたことがあったが、地方で乗ったタクシーは全てメーターだった。 青島でも最初は、メーターだったのに。 ここ、青島長途汽車站だけは、「従来の中国」だったわけだ。 いい経験をしたと思う。 しかし、一度乗ったタクシーを止めて、タダでおりることが出来るなんて。 すっかり中国に馴染んだ自分自身を改めて知って、おかしさがこみ上げてくるのだった。