好みの問題? 「なぜ日本人までが真似する必要があるのでしょうか?」という理屈を述べられるのなら、「なぜ英語読みの真似をしてはいけないのか?」という反論もできます。 マルコポーロ3さんは、「すべきだった」とか「悪しき慣習」とかおっしゃるから、「英語読みしてはいけない」または「現地語読みすべきだ」(この辺のご主張が明確に書かれていないので両方並べておきます)という根拠を論理的に示していただけるものと思い、先のレスでお尋ねしました。 しかし、論理的なお答えはいただけませんでした。 ということは、要するに好みの問題ととらえればいいわけですね。 好みの問題ですから、各人が好きなように考えればいいわけです。 ちなみに、私の立場は「なんだっていいじゃん」です。 オーストリアでも、オーストリーでも、エステライヒでも、そのときどきの日本語の慣用にあわせます。 「国名はすべからく現地読みすべし」という同意が日本語話者全体でできれば、それはそれでかまわないと思います。 ただ日本語での国名の呼び方も一夕一朝にできたわけではなく、それなりの歴史の積み重ねがあるだろうと思うので、簡単に変えるのは難しいと思います。 ただ、残念ながら世界共通語が英語というのも事実で、国や都市の英語読みは、英語の知識として知っておいた方が旅行する上でも外国人と会話するときに便利だと思います。 日本語では「ベネチア」でいいのですが、英語だと「Venice ベニス」になるのは知ってて損はない知識でしょう。
訂正 ×一夕一朝 ○一朝一夕 もっと日本語勉強しなければ(汗)