昔、オーストリアは強大なワルだった。

戦前のオーストリア・ハンガリー帝国は、もっと大きかったんですよ。

トラップ氏の出身は、アドリア海岸(現クロアチア)の港町。第一次世界大戦では、潜水艦の艦長として活躍した。その後、オーストリアは海を失い、トラップ氏も軍人としての地位を失った。しかし、妻の実家が大金持ちだったので、その後も優雅な生活を続けることができた。

ナチスドイツは、イギリスと戦うべく、潜水艦の艦長として天才的なトラップ氏を再登板させようとした。トラップ氏は、ドイツのナチスとは別の大オーストリア国粋主義者で、祖国でもないドイツのために戦って死ぬつもりはなかった。

一家は、山越えの後、北イタリア、南チロル山中のサンジョルジオ村に潜伏。トラップ氏の生まれた港町が、当時、オーストリアではなく、イタリアに変わっていたために、マリアを含めて、一家はイタリア国籍を取得することができた。だから、彼らは、合衆国には、オーストリア人としてではなく、イタリア人として入国しています。このときの一家の入国記録は、公文書館のものを直接に確認できます。

この話が地元で人気がないのは、ザルツブルクやトラップ氏の複雑な政治的事情が映画では抜け落ちて、一方的に、善玉、悪玉にされてしまっているため。ザルツブルクの街は、歴史的には、いずれの国からも独立した大司教区で、ナポレオン戦争以後、ウィーンを中心とするオーストリア帝国にずっと占領され、トラップ氏のようにカネを持ったオーストリア人に支配されていた。つまり、オーストリア人は、ドイツ人以上に、ザルツブルク人の敵だった。地元の執事やロルフがナチスに入って、ドイツ人を招き入れたのも、故郷ザルツブルクをオーストリア人支配から解放するため。一方、トラップ氏は、もともとザルツブルクに愛着もなにもない。

執事は、どんな思いで、年来、成金のトラップ一家に仕えていたのか。徴用されるかもしれないトラップ氏はともかく、将来をともに誓おうと思っていたリーズルまで、簡単に街を捨てて去ろうとしているのを見て、ロルフがどう思ったか、どんな思いで警笛を吹いたのか、何度も見るなら、そういうことも、歴史的背景とともに考えてみてくださいね。

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1件のコメント

  • 歴史のお勉強・・・

    純丘 曜彰さん 詳しい解説をいただきましてありがとうございました。

    確かにこの説明を加えると「明るく楽しい、ミュージカル映画」では、すまなくなりますね。

    ロルフも執事さんに対する見方も変わりそうです。
    >オーストリア人は、ドイツ人以上に、ザルツブルク人の敵だった
    映画撮影の際、ナチス党旗を掲揚させてくれた家の持ち主は「皮肉にも親ナチス派であった」との内容を、なにかの本で読んだと思いますが。
    これも 合点がいきました、なるほどです。

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