いえいえ、旅のスタイルの需要がガイドブックの質に影響もありだと思います。 仰る通り・・・・ 自分も海外旅行のし始めは誰もが知ってる有名スポットで一緒に 写真に収まり、そんな写真ををアチコチで増やして まるで、それがトロプィーのごとくアルバムに飾り周りに自慢♪の時代がありました。 暫くして、個人でも何とか行けるようになると 当然自由旅行なんで自分の趣味に合うところや以前訪問して興味が湧いた場所なんかっすが。 そういう処を(もっと情報が欲しくて)調べてみると 俄然、日本語のガイド本では記述も少ないって単純な事実に気が付きました。 多分、日本でのガイドブック需要が 定番だけを抑えた本来のガイドブックのダイジェスト版であっても 大勢の利用者には物足りなさも無いのでしょうね。 欧米ではトーマスクックが始めた お仕着せツアーから個人での自由旅行への移行でも 旅行者の層の広さや言葉の利もあってドンドンガイド本の内容も充実していったんでしょうね。 どういう旅のスタイルが○で×かではなく、 どれを選択してどんな旅程を組むか? のなかで、やはり多くの情報が手に入れば限られた日数ではあっても バリエーションは幅広く膨らみますね。 (情報が集まり過ぎて選別作業が大変になることもありますが) ジックリ腰を落ち着けて旅する楽しさももう1つの旅の王道と思います。 リーピーターさん達から得られるレアな情報もありがたいです。 ただただ、そうして集まる情報でも ガイドブックに紹介が無いと、最初から無視 又は聞く耳持たずでは、何とも勿体無いなぁ~と思うこの頃であります。 (よく、あるんっすョね 帰って来てから新たに分かり、あの時に知ってたらって残念になっちゃうことが)
ガイドブックの「質」ではなく「厚さ」が主題だったのでは? タマゴタマゴさん、おはようございます。 皆さんの議論、興味深く拝見しています。 タマゴタマゴさんの最初の疑問が、議論の進む中で、厚さが薄い=内容が少ない=掲示板参加者にとっては不足・・・となんとなく予想通りの展開です。 私はロンリープラネットは読んだことがありませんが、歩き方と、るるぶ系(地図が充実)を併用で個人旅行をしています。 この先はiPad系のタブレットPCの重量が軽量化するにつれ、ガイドブックが分厚くなる必要はないと思います。 口コミサイトの発達とか、今でもどんな街でも大抵はHPで詳細な情報が得られる・・・勿論まだまだ言語の壁はありますが・・・と思っています。 さて・・・失礼を承知で申し上げれば、「人それぞれの旅行スタイルがある」と認められながらも、どこか日本のガイドブックを十分と考えているパック旅行を、上から目線で見ている・・・そういう表現になっていると感じます。 >お仕着せツアーから個人での自由旅行への移行でも 表現評論家(とネット創世記に某掲示板で揶揄されました)としては、パック旅行を「お仕着せ」なんて表現されない方がよいと思います。 >どういう旅のスタイルが○で×かではなく、 と一応は「人それぞれの旅行スタイルがある」と認められながらも、どこか日本のガイドブックを十分と考えているパック旅行を、どこか上から目線で見ている・・・そういう表現がちらほら・・・と感じます。 失礼致しました。
私はお仕着せ旅行 私は予告どおり11日にお仕着せ旅行で出石、城崎温泉、天の橋立、余部鉄橋方面へゆきます。 余り頭を使わなくて楽です。 頭を使う旅行には使いますから時々のんびり温泉にでもつかります。 IPadで検索すると余部鉄橋や 桂小五郎の出石潜伏も詳しくわかりますので楽しみです。 私は天邪鬼ですから、上から目線のレスや決め付けには逆らいます。
そういえば ミシュランの名前が出てきませんね。 内蔵介どの そうですね。<上から目線>といわれるとそんな気もします。駆け足ツアーを見下している気はないのですが、そればっかりで良しとしている人を見るとついつい、うーん違うんだなあ・・と思ってしまうんですね。 まだまだ人間の幅が狭い・・。 反省!。 ところで私などはロンリープラネットとな無縁で、むしろ海外版ガイドブックの本家?はミシュランでしたがなぜかこの掲示板ではまったく出てきませんね。 食べ物屋さんの本としか思われなくなったんでしょうか。 地図版と案内記事が別冊になっていましたが、いわゆるガイドブックのミシュランはそれほど厚くなかったですよね。 まあ 自動車旅行用なので移動経路沿いの記述があって、沿道風景の簡単な説明があって、町や村の記述が要領よく並んでいる編集でした。 思えばこれが日本の一般的なガイドブックの原型なんではないでしょうか。 つまり ふつうのタイプの観光客用の・・です。 各国版の巻頭にその国の経済・産業・地理地形の特色と地誌的な説明がついていました。 バスや、車での駆け足旅行の際は、もって出ては、自由の利くときは結構映画や小説ゆかりの場所の途中立ち寄りなどをこの本でしたものです。 昔のツアーは結構時間のゆとりがありましたので、前もって持ちかけておくと意外とはさんで立ち寄ってくれたものです。 当時の現地ガイド、運転手さんはもっぱら米国人向けの案内ルートですから日本人がなんに関心があるかを知ると結構それに乗ってきたものです。 特に戦前?戦中、戦後の映画や小説がらみでは特にでした。 やっぱりガイドブックの厚さは対象とする読者層の旅行パターンによる・・ということになるんでしょうね。
決してそんなつもりはないのですが・・・ お仕着せ表現は・・・・・このご時勢のパック旅行のバリエーションを 考えれば、言い過ぎでしたね訂正お詫びしますm(__)m。 (ただ、パックツアー誕生時は全てお任せのそれに近いものだったと思います) 厚みも質も使う側からすると 余り違いは無いとも議論の進むうちに感じました。 要は、何処かの町に観光スポットが10箇所あっても 日本で紹介されるのは精々その内のベスト3程、それを国中の町で 纏めると結果、その国のガイドブックは全て記述のあるガイドブックと比べると薄くなっちゃいます。 これを厚みが薄いと呼ぶか、内容が薄いと呼ぶか(又は質がしょぼいと呼ぶか)。 パックツアーを見下すつもりは全然ありませんが、 海外旅行が一般化する上で、パックツアーの果たした役割はかなり 大きかったと思いますし。 (各言う、自分も初海外はパックでデビューその後は個人旅行から 偶には日本発や海外発のパックツアーも利用させて貰ってます) ただ、殆どの日本のガイドブックが定番紹介だけの粋から広がらないのが不思議に思った次第です。 (中には一社ぐらい定番以外の情報満載の本があったら嬉しいのっすが→日本語で読みたいし) ここでの皆様からのレスで 何故日本でそれが出来ないかの大きな理由として コストが掛けられない、 作っても商売になる程マーケットが広くない、 それに加えて需要も少ない この利用者の需要と言うか、要望が少ない って点で話が進み「パックツアーに即した内容のガイドブック」が日本での ガイドブックのスタイルとして定着したのだと思うだけです。 パックがつまらない旅のスタイルとは決して思ってはいませんし、 パックツアーを見下すつもりは全然ありません。 海外旅行が一般化する上で、パックツアーの果たした役割はかなり 大きかったと思いますし。 (各言う、自分も初海外はパックでデビューその後は個人旅行から 偶には日本発や海外発のパックツアーも利用させて貰ってます) パック旅行を 面白くもつまらなくするのもそのパックに参加する利用者各人次第と思ってます。 それに、従来の定番から外れた(俗にテーマのある旅とかの商品名で売られる) 個性的なパックツアーも現実にありますし。 (ただ、この手のツアーは遂行人数が集めにくいのも事実でしょうが) まぁ、時代の流れとしては もうガイドブックなどと言う紙の媒体自体が この先、廃れていく傾向なのでしょうね・・・・。